2011年10月20日

2冊の本を読んで

朗読公演の前は、片時も台本を放さないし、電車の中では録音テープを聴いているので、
通常の読書はストップ。

だから公演が終わると、猛烈に本が読みたくなります。

基本的にはノンフィクションが好きな私。

でも、仕事関連の本以外に、時に心を癒し、空想の世界を広げてくれるのが、
フィクションの本達。


そんな中から、今日は2冊を挙げます。

kamisama2011.jpg
◆『 神様2011 』(川上 弘美 作)

『神様』を出したのは99年。ドゥマゴ文学賞と紫式部文学賞を受賞しました。

それから12年後。

今年3月11日に「あのこと」が起こり、それを小説家として表現したのが本作です。

『神様』も一緒に入っている本なので、読み比べてみると面白いですよ。

こういう意思表示もあるのだな、というちょっとした感動があります。



あとがきで、川上さんは最後にこんな言葉を書いています。

「 2011年の3月末に、わたしはあらためて『神様2011』を書きました。
原子力利用にともなう危険を警告する、という大上段にかまえた姿勢で
書いたのでは、まったくありません。
それよりもむしろ、日常は続いてゆく、けれどその日常は何かのことで
大きく変化してしまう可能性をもつものだ、という大きな驚きをこめて
書きました。
静かな怒りが、あの原発事故以来、去りません。むろんこの怒りは、
最終的には自分自身に向かってくる怒りです。今の日本をつくってきたのは、
ほかならぬ自分でもあるのですから。・・・・・・・・・・・・・(続く) 」



aris.jpg
◆『 不思議の国のアリス 』(ルイス・キャロル 作/ 脇 明子 訳) 

ちょっとしたきっかけから、登場キャラクターのチェシャ猫の言葉を思い出したら、
どうにも気になって、久しぶりに手に取った物語です。

子供の頃は、絵本で読んだし、中学だったか高校時代だったか、分厚い大人向けの本で
読んだら、余りにも注釈が多く、その注釈が何だか小難しくて、飛ばし読みをしてしまった
『不思議の国のアリス』。

このお話しは、世界で聖書の次に読まれているのだそうですね。凄い!

そしてあらためて読んでみると、やっぱり面白い!

原文で読めたら、尚更なんでしょうねえ。



さてさて、肝心のシーンは、チェシャ猫の登場シーン。
この本の表紙になっている個所です。


「ねえ、お願い。ここからいったいどっちへ行けばいいか、教えてくれない?」

「そりゃ、どこへ行きたいかってこと次第だね」と、ネコが言いました。

「どこだってかまわないんだけど・・・」と、アリスは言いました。

「なら、どっちへ行ったっていいじゃないか」と、ネコがいいました。

「だけど、どこかへは行きたいんだもの」と、アリスは説明を加えました。

「ああ、それなら大丈夫だよ」と、ネコは言いました。「どんどん歩いていけば、
どこかへはつくさ」



なぜこのシーンを覚えているかといえば、

以前、キャリアデザインの講義を聴き、大変感銘を受けた、故・小川待子先生
(元・東京経営短期大学教授)のスピーチの中に、チェシャ猫が出てきたからです。

小川先生は、”自分のキャリアをデザインするのは自分自身である”という話の
導入部として引用されたのです。


「迷えるアリスにならないで」と、小川先生はおっしゃいました。

“何が出来るか?”を模索していた当時の私に、“何がしたいか?”から考える
必要性を理解させてくれた、素晴らしい講義でした。

若くしてご病気で急逝されてしまったのですが、たった一度しかお会いしていないのに、
心に響く語り口調と共に、今でも思い出される講義です。



ああ、そんな風に云われる講義を、いつか私もしてみたいものです。



posted by ピロコ at 02:23| Comment(0) | TrackBack(0) | ことばの世界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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